帰る場所 2

 イヴァリース本国とゴーグは狭い海峡を隔てており、その海には日に何度か渡し舟が通う。腹を減らしたまま港に付いた一行は、船が着くまでの間にモンスターの皮や角を金に替え、念願の腹ごしらえを済ました。
 港町をぶらつき消耗品などを整えた後、騎獣を登録するために斡旋所に立ち寄った。チョコボの雛にはまだ名前を付けていなかったが、オヴェリアがこっそりこの雛を特定の名で呼んでいたことを知っていたラムザはその名を用紙に書いた。アグリアスもそれに気付いており、その「ジェリア」という名はオヴェリアの母であるデナムンダW世の妻、アンジェリア王妃の名から取ったものだろうと言っていた。顔も知らない母の名をどんな気持ちで王女が呼んでいたか、登録用紙にペンを走らせながらラムザは改めて心を痛めた。いつかオヴェリアが安住の地を得た時には、きっとこのジェリアかその子を贈ろうと思う。
 港に戻ると小さな船の前に列が出来ていた。ラムザらが最後尾に並ぶとまもなく乗船が始まり、全員が乗り込むとほとんど同時に船は出港した。50人も乗せれば満員の小さな白い船は、その脆弱な外見とは裏腹に揺れの少ない快適な乗り物だった。ゴーグまでおよそ半日、夕刻には彼の地を踏める。ラッドとラムザ、そしてチョコボの親子をは居眠りを始めたが、暇だとぼやくアグネスのためにムスタディオがこの海峡の言い伝えを披露した。

 海峡を渡る船の底には、必ず青と金で構成された美しい馬(チョコボ)の模様が付いている。もちろん乗船する者に見せるものではない。海の底で眠ると伝えられる凶暴な魔物を避けるためだった。その魔物はかつて突然出没し、島国ゴーグの周りを回遊して渡る船の全てを襲って人を食った。折りしも飢饉が島を襲い、民は本土に渡る事もままならずこのままでは全てが飢えて死ぬのを待つばかりであった。困り果てた長老が神に祈り、自らの心臓を捧げようと刃を振り上げたところ、その刃に映った満月のきらめきの中から一人の騎士が現れた。その騎士は長身の枯葉のような男であり、彼の右には常に月の化身が付き添っていたという。彼らは魔物と勇敢に戦い、終には静めて海底に眠らせた。そしてまた満月の夜に彼らは月の光の中に消え去った。それ以来、船の底には魔物を退治した騎士の旗印が描かれるようになった。巨大な魚の形の魔物が再び目覚めを得て海面に向かっても、浮かぶ船の底に騎士の旗印を見つければ、彼を畏れて再び海底に戻って眠るのだとムスタディオは結んだ。
「機械なんか扱う割りに迷信深いことだねえ」
「なんかっていうな!」
 まあまあ、とジャッキーが笑いながらアグネスを引っ張る。
「結構面白かったじゃない。オヴェリア様ならきっと、飛び込んで旗印を見に行きたがるわね」
「いや、アグリアスさんがわたくしがナントカとか言って上陸してから船をひっくり返すね」
 眠っていると思われていたラムザが起き上がって言った。
「見えてきたよ。低い島だね」
「ああ。山らしいものが中央にあるけど、皆、丘って呼んでる。ちょっとした嵐ですぐに沿岸は水浸しになるから、大事な家財は船に積んでおくのが港町の習慣だよ」

 海風に煽られながら上陸すると、ムスタディオは嬉しそうに辺りを見回した。皆に勧められて纏ったローブに深く顔を埋めている。
「港はまずい。早く郊外に出よう。少し歩けば街を抜ける」
 道案内のムスタディオを隠すように取り巻いて、港を中心に栄えるゴーグの街を通り過ぎる。
「異国って感じね・・・」
 ジャッキーがほうっと息を吐く。何よりもイヴァリース本国と趣を異にしているのは風車の存在だ。街のあちこちに風車が備え付けられ、建てつけの悪い扉のような、しかしどこかなつかしい音を立てている。ほんのかすかな鈴の音や音楽のような音を鳴らす風車もあった。それらは様々な機械を動かすための動力源であり、井戸の水の汲み上げなど、生活に根ざしたものにまで機械が使われていると聞いて皆が驚いた。
 足早に街を抜ける間に太陽は隠れた。様々な店が灯りを点し、街の人出はむしろ増えた。男たちが向かっていく街の奥まった方向に、枠を黒く塗って薄赤い硝子を填め込んだ四角いランプを見つけ、ラッドが伸びをして眺めた。そのランプは特徴的な娼館の印だった。
「へー、家の形とか風車が沢山あったりとか、随分違ってんのにああいうモンは変わらないな」
「港だから本土の人にも分かるように配慮してるんだろ。宿の中はあんたらが知ってる装飾とは全然違う。郊外の宿になるとああいう灯りは付けないよ。金色に塗った板の真ん中に穴をあけて、そこに蝋燭を立てて灯すんだ」
 ムスタディオがすらすらと説明するので、真横にいたジャッキーがぎょっとして身を引いた。男性恐怖症の気がある彼女にとって、ムスタディオは「安全な男」だったらしい。
「よく知ってるなあ。ぼくちゃんも利用してたとは驚きだぜ」
「あのなあ。ああいう所にいかなきゃ一人前じゃない、って言いやがるあんたみたいな輩のおかげだよ。俺は”ぼくちゃん”でいいんだ、別に」
 ムスタディオは怒ったように言って歩く速度を速める。
「いやだなあ。ぼかぁ、君を見直したって言ってるだけなんだから、怒らないでくれたまえ」
 ラッドが大きな身振りでからかう。
「ちっともいいこたないだろ。ああいうことは、惚れた女とするもんだ」
「わー」
 間抜けな声を出したのはラムザだ。アグネスはしみじみとした表情で微笑んでいる。
「なんだよ」
「僕、別の意味でムスタディオを今すごく尊敬しちゃった・・・」
「・・・村の仲間と同じ事言うんだな、俺は変わり者で結構」
 女性陣はムスタディオの味方のようで、アグネスはラムザを押し退けてムスタディオの後ろに付き、ジャッキーも元の位置に戻って優しげな視線を送っている。
「こういう真面目なのに限って隠し子を作ったりするんだよ!」
 ラムザが断言的に囁き、その得体の知れない説得力にラッドは深く頷いている。

 郊外に出ると月が青く道を照らしていた。建物が一時途切れ、小さな林を抜けると今度は村の端に到達したらしかった。高い建物の多い街はきらめくような灯りに溢れていたが、民家の並ぶこの村の方が明るい、と感じられる。家の軒下には淡い緑や青の色硝子を使ってランプが吊り下げられているが、それは各世帯によって形や描かれた模様が違う。表札のように名前が書かれているものもあった。本土の無機質なランプを見慣れている傭兵達は、一つ一つをもの珍しげに眺め、また門の上や脇に小さく備えられたチョコボの像を眺める。どうやら例の「枯葉の騎士」の紋章を模したものらしい。港町の民家は、もっと大きな像を作って守り神にしているということだった。
「あっちの灯が点っていないのが俺の家」
 ムスタディオが指差す家は立ち並ぶ民家の列から少しだけ奥に入ったところだった。半地下があるらしく、建物と地面が交わるところに窓が見えている。
「俺、仲間に知らせてくる」
 言ってムスタディオは足を踏み出そうとし、止めた。いつのまにか4、5才の子供が3人、足元に寄ってきて、ムスタディオを見上げていた。
「あー、おまえら、久ぶりだな」
「おかえりーディオー」
 3人は当たり前のように彼によじ登り、それぞれが気に入った場所に取り付いて質問が始まる。
「どこにいってたの?」
「ザランダだよ、いいこにしてたか?」
「ううん。ザランダってどこ?」
「わるいこだったのかよ・・・ザランダはなあ、ライオネルより遠いとこ」
「すごいねー! モンスターみた?」
「見た見た、こっわいぞー!」
「おしっこちびった?」
「・・・ちびらねーよ・・・」
「うそだー、ぜったいちびったー!」
「あー、とにかくな、おまえらの兄ちゃん姉ちゃん達呼んで。集会所にいるからな」
 はーい、と元気良く3人は飛び降りると転がるように走って行った。
 いや、おまえは絶対にちびったに違いない、とラッドが言ってムスタディオがきっと睨む。
「あれ、また子供・・・」
 アグネスがムスタディオの後ろを指差した。数が増えている。どうやら村中の子供達がムスタディオの帰還を察知して集まってきたらしい。気が付くとラムザも子供達に囲まれ、足元から痛いほどの視線を受けていた。
「・・・この村、子供ばっかりなの?」
 ジャッキーが少々心配そうに言う。すでに日も暮れたこの時間、幼い子供を外で遊ばせるには向かない。
「こりゃあ、攫い放題だぜ」
 ラッドも呆れ顔で言う。
「まあ、平和そうな村だけどね・・・」
 一方、蟻にたかられる砂糖のように、ムスタディオは子供まみれになっていた。身動きが取れなくなり、とりあえず2人を引き剥がして両脇に挟んで荷物のように持つ。足や背中に貼りついた子供達はムスタディオが重そうに足を踏み出すたびに、声を上げて笑っている。
「おーい、そいつらと一緒について来いよ」
 ムスタディオの呼び声に、
「これ?」
 ラムザが困った顔で指差す。すでに3人ほどが登り始めていた。
「おねえちゃん? おにいちゃん?」
「・・・おにいちゃんだよ」
「おねえちゃん、ムスタディオの友達?」
「おにいちゃんだってば・・・こら、服引っ張るなって!」
「ほんとだーおにいちゃんだよー、おっぱいがないー」
「ああもう、どうでもいいから落っこちないようにしてよ」
 ラムザは意外と親切に子供を扱っている。アグネスは半ば怒りながら両手に子供の服を掴んでいるが、子供達はきゃっきゃと笑いながらぶら下がっている。よじ登ってくる子供を引っ剥がしながら、彼らは村で一番大きな建物に向かった。ほどなく、屋根が低く、ほぼ円形の周囲に入り口が2つある建物の前でムスタディオは立ち止まった。
「ここが集会所なんだ、皆にあんたらを紹介するから、」
 その時、ムスタディオの名を呼ぶ声が聞こえた。男女入り混じっていたが、一際通る声が皆の耳に届いた。すると途端に、ムスタディオにたかっていた子供達が蜘蛛の子を散らすようにさあっと降りた。
「ムスタディオッ!!!」
「あ。」
全力疾走してきたのは、ふわふわの赤毛を短く切った少女だった。思い切り飛びつくと、両手両足でムスタディオに抱きついてわんわん泣き始めた。逃げ遅れた子供が弾かれて落っこちて、ふにゃ、と言い、ムスタディオも引っくり返りそうになりながらよろめいている。
「馬鹿ッ馬鹿ッ、なんで黙って行くのさ!」
「ごめん・・・急いでたから。危ないし」
「馬鹿ッ! 大っキライだよ!」
 泣いている少女を抱えたムスタディオの周りに大勢の若者が集まって来た。皆、油だの土だので汚れた服を着ている。少しずつ違いはあるものの、ムスタディオが接ぎを宛てながら着ている服と似ているので、この村の機工士達の作業着なのだろう。
「おーい、離れろって、俺らにも再会の握手くらいさせろよ」
「まったくもう、3月も音沙汰ないなんて!」
「まあ元気そうで良かったよ。」
「そろそろマジでムスタディオが倒れるから剥がれろ、キラ」
 少女を引き剥がしながら口々に再会を喜んでいる彼らの脇で、ラムザ達はしばし茫然とその様子を眺めていた。
「何が”いたらいいな”だよ、なあラムザ」
「いるんじゃないか。ねえ、ラッド」
「何よ、それ」
「いや、見たまんまの話」
「隅に置けないわねえ、やるじゃない」
 ともかくも自己紹介なり、と言ったところで機工士達の方からラムザらに寄ってきた。
「あんたらがムスタディオを助けてくれたんだって?」
「ありがとうなあ」
「飯、まだだろ、集会所に持ってくから中で待ってろよ」
「酒、飲むだろ、それぐらいは奢らせろよ」
「何にもないけどくつろいでね! ほら、靴脱いで寝転んでたらいいから!」
 口々に何やら言うので返答も出来ないまま集会所に押し込められる。ムスタディオは、と見ると、
「・・・臭いッ! 臭いよムスタディオ! まともに風呂入ってないんでしょ!」
「いや、俺じゃなくて服がな・・・」
「どっちでも一緒! あたしが洗ってやるからウチに来るの!」
「ああ、いや、ラムザ達が待ってるから、」
「皆がもてなすから平気なの! いいから来るの!」
「いや、ちょっとキラ、あー、おまえらラムザ達を頼むよ」
 頼んだ相手は子供達である。声を揃えて元気な返事をすると集会所に駆け込んで行く。ぐったりとうつ伏せになっているラムザを早速囲み死んでいるのかを確認するべく突っ付き出したので、機工士達が慌てて剥がした。
「悪いなあ、こいつら、俺らが働いてて相手できないもんだから退屈してるんだよ」
「姉ちゃん達、腕っ節良さそうだな、この村に居着かないかい?」
「あんたは姉ちゃんじゃないのか、美人なのに残念だなあ」
 どうでも良くなっているラムザは怒る気力もなく、はははと笑った。ラッドはどうやら子供好きだったようで、ジャッキーと二人で子供達にまみれて遊び始めた。怒っているのはアグネスだけだが、子供を赤毛にぶら下げたまま、大変な努力をして黙っているようだ。






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