邂逅 1

「その王女サンてえのは美人なのかよ?」
 ガフガリオンの言葉にラムザは苦笑する。男の会話はいつもくだらない。
「オーボンヌからほとんど出ねえってえ話だぜ、オヤジ。押し込められてるんじゃたかがしれてらあ」
 野卑たガーシュインの笑い声が答える。
「いや、戦争が起こるくらいの美形かもしれンぞ」
「御付にやたら強い女騎士がいるって聞いたけど。手を出したら即斬る!ってさ」
 ラッドの言葉にガフガリオンが破顔する。
「そんな姐さんがいるとは初耳だな! モノにしない手はねえなあ!」
 御武運を、と半分本気のガフガリオンをからかう。この男は気の強い女に滅法弱い。
「見せてやるからおまえはじっとしてろよ。ラムザに手を出されちゃあ、ホントの傷モノになるからよ」
「洒落になってねえよ、オヤジ・・・」
 御勝手に、と笑ってラムザは眼下の海辺を見下ろした。このゆるい坂を越えてしばらく下った先の木々の間、薄碧の 石を敷いた清潔そうな修道院独特の屋根が見え隠れしている。
 妹もかつてあの建物に住んでいた。詳しくは聞かなかったが確かに女剣士が複数いて、殊に王女に信頼厚い護衛 団の長である女は相当に腕が立つらしい。アトカーシャ王家の近衛団長を代々輩出してきた名門オークス家の娘で、名をアグリアスといったか。王女を、ひいては妹のアルマを守ってくれた女を、ガフガリオンの脂ぎった手に任せることはできないな、と苦笑するものの、聖職者と言ってもいい女がダークナイトに汚される様は見せてもらいたいとも思う。
 我ながら馬鹿なことを考えていると自嘲しつつ、重い荷物を背負い直すと何とも知れない金属音が響いた。日差しは和らいだとはいえ、まだ暑さの残る秋の真昼、ラムザは袖口で額の汗を拭った。同じように、武具が擦れ合う音が背 後に聞こえ、やはり荷の位置を変えているアグネスを振り返った。もう一人、ジャッキーを加えた最年少の三人は有無を言わさず最も重い武具を背負わされていた。もちろん自分達が身に付けることは許されていない高価な物。
 にやり、とラムザに笑って見せるアグネスはしかし、ふうふうと息を上げている。彼女はアカデミー時代から唯一のラムザの戦友だった。ベオルブ家に繋がる一切に落胆したラムザが、半ば自棄になってガフガリオンに雇われるつもりだと告げると当然のように付いてきた。申し分の無い身分の父母を持つ貴族の姫君が選ぶ生き方としては、最悪の酔狂としか言い様が無い。

「あんた、もう足に来てるんじゃないの」
「アグネスには勝てないね。もちろんこれも持ってくれるんだろ」
 けっと言ってアグネスは笑う。いつからこんなに下品になったのだろう、と思い返せば少々不味い出来事が脳裏をよぎる。
「おいらが持ってやるさあ、だからおまえらそろそろ足開け」
 実に楽しげに言うガーシュインに
「いやだね」
 声を揃えて二人が答える。
「振られてんじゃねえよ、両刀」
 ガフガリオンに尻を蹴り上げられてガーシュインはげらげらと笑った。

 修道院は海に背後を守られて、光る金属の外門に囲まれた小さな敷地にひっそり立っていた。守衛達がこちらを伺ってなにやら相談しているのが見える。長くかかりそうだな、とラムザは目を細めて修道院の高い屋根を伺った。その時窓の側に人影が見え、その者もこちらを見ているのが分かった。きつい目をした女だ。目が合うとしばらく睨むように視線を寄越し、ふざけて手を振るラムザに軽蔑的な一瞥をくれて背を向けた。
「遅い、遅いわ、何してたの!」
 門の前で足を投げ出していたジャッキーが、立ち上がって走り寄って来た。待ちくたびれて不機嫌になっている。それもそうだろう、先触れが要ると聞かされ、北天騎士団の任命書を携え、早朝からとにかく急げと走って山道を登り下りさせられた挙句、ガフガリオンが前夜の酒を吐いている間に半日が過ぎたのだから。
 ジャッキーがきいきい言い立てるのをものともせず、ガフガリオンはその顔を鷲掴みにして朗らかに言った。
「さあて、王女サンとのご対面だな」
 妙に磨かれた白い門にガフガリオンは遠慮なく足を掛けた。慌てた様子で守衛が駆け寄ってくるのが見える。また女が二人。
「よう姉ちゃん達、お呼びの傭兵どもが来てやったぜ」
 二人は顔を見合わせる。任命書は本物だ、入れぬ訳にはいかないがコレはどうだろう、という顔だ。
「オヴァリア様に無礼あれば、我らが許さぬからな」
と念を押されれば
「オレの狙いは手厳しい聖騎士の姐さんだけだ」
と挑発する。こいつバカなの、バカなのよ!とジャッキーはまだ顔を掴まれたまま暴れており、アグネスがやれやれとガフガリオンの前に出て、綺麗な貴族の言葉で無礼を詫びて守衛達を頷かせた。
 修道院内部は白く輝く石を敷き詰めた床が美しく、しかしどこか侘しい暗さに包まれていた。一定間隔で設けられた灯は先頭に立つ守衛の影を長く引き、床の中央に敷かれた分厚い絨毯は靴音を吸い取った。一行はさすがに静々と進み、来賓室の前に辿り着いた。
 ラムザは兄達と共に妹に面会するためこの修道院に何回か来た事があったので、おおよその間取りは知っている。幼かったアルマはラムザの来訪をいつも飛び付いて喜び、この来賓室で何時間も話をしたものだった。しかしその内にラムザは年齢を理由に来訪を禁じられた。このオーボンヌ修道院では、13になった男子はもはや子供では無いと見なされ、正式な理由なしでは例え身内でも足を踏み入れることはできないという規則があった。他の修道院はそれほどの厳格さはない。一重に、オーボンヌには王女が住まうからだ。聖職者と保護者だけが自由な出入りの権利を持つこの閉鎖した空間は、昔と変わらない潔癖な空気を醸していた。

「失礼します」
 守衛は扉を叩くときちんと礼を取って中の者に声を掛けた。女の声で返答があって守衛がドアを開き、半分体を入れてガフガリオン達を通した。その部屋の中には、先ほど窓の中に見えた、あの目付きの鋭い女が一人、高い身長を更に高く見せるような細身の官服を着て立っていた。服の緑によく映える冷たい碧の目がガフガリオンよりもラムザを先に認めて少し、すがめられた。その不機嫌な顔をラムザはとても美しいと思った。しかしその事よりも、守衛が先ほどのガフガリオンの言葉を真剣に警戒しているらしく、女とガフガリオンの距離を計るような目をして壁の側にまっすぐ立っているのが気になって可笑しく、ラムザは女から目を離して明後日の方を見て笑った。

「オークス子爵、例の護衛の者が参りました」
 守衛の言葉にラムザは驚いて笑いを引っ込めた。子爵の名を得るならばそれは成年だ。護衛長であれば成年でもなんら不思議は無かったが、目の前の女は背ばかりが高い、17、8の娘に見えた。
「ご苦労、下がっていい」
 明瞭に言って女はガフガリオンにまっすぐ歩み、眩しい金の長い髪を翻して彼の前に立った。生真面目な顔をした、姿勢の良い女だった。クリスタルで作った木の葉のような瞳が生真面目さを際立たせている。その目でガフガリオンに凄んで見せる。
「随分と余裕のご到着だな。ふざけているなら今すぐ来た道を戻るがいい」
 守衛は困った様子で二人を見比べ、しかし止む無し、といった風情で部屋を辞した。部下の教育も徹底している、手厳しい護衛長であるようだ。
「こりゃまた、気の強い姐さんだなあ」
 ガフガリオンはにやにやと笑うばかりだ。いつもの通り、アグネスがそっと、しかしぎっちりガフガリオンの背中をつねって黙らせ、ぶつぶつ言うのを引っ込ませて丁寧な礼を取り、適当な言い訳を述べて謝罪した。アグネス無しでは、この一年の仕事の半分は潰れていたかもしれない。
「すぐにでも此処を出発せねばならない」
 生来貼り付けているもののように、彼女は全く表情を変えずにアグネスに言った。
「では、オヴェリア様にお目通りを」
「それが困っている。おまえ達の到着が遅れていると伝えると、最後にもう一度祈りたいとおっしゃって祈祷室に篭ってしまわれた」
「それがなんなンだい、呼び出しゃいいだけだろが」
 ガフガリオンが明るく言った。自分の所為だと言われているのがわからないらしい。
「何度もお呼びしているのだが、もう少し、と」
「甘やかし過ぎたンじゃねえのかい」
 ふう、とアグリアスは溜息をついた。不思議なことにガフガリオンの言葉に怒りを見せない。
「確かに」
 ガフガリオンは居心地悪そうにもぞもぞした。
「ともかく、もう一度お呼びする」
 背を向け、しかし振り返ると皆来るといい、と言ってドアを開けた。






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