アーロンの腕には小さな刺青がある。出会った時にはあったものでティーダですら見慣れているが、当のアーロンには時折それを気にする様子があった。
虫刺されを確認するように、指先で右肩の皮膚を引っ張る。そしてそんな仕草を恥じるのか、そそくさと数字の羅列はスーツに覆われるのだ。
「それ、何」
アーロンが通信販売で買ったマッサージャーを足に転がしながらティーダが呟く。俺宛てに来たんだから俺のもの、だからアーロンはそれをまだ使わせてもらえない。
「本人確認のためのものだ」
「俺用の?」
「なんだって?」
「だって、脱がなきゃ見えないじゃん」
白いシャツ一枚の姿で太腿を念入りに解しながら、ティーダはラジオのスイッチを入れた。随分前から、音楽だけを延々と流し続ける番組に合わせたままだ。小さく小さく、緩い音が黒い箱から溢れる。
ただふたりのために
もえるひよ
ただこのときだけに
もゆるひよ
アーロンは答えずベッドに腰掛けた。男の重みにベッドが安い音を立て、白い腿に注がれる視線を知りながらティーダは顔を上げない。
「それ、俺しか、見ないんだろ?」
ゆっくりとそう言う。ああそうだ、呟くとも唸るともつかない低い声。
「ティーダ」
マッサージャーはふくらはぎまで移動している。
「おまえも、」
「時間っす」
うなじを見せた姿勢で、すらりと、時計に腕が伸ばされる。六時までという約束だ。その後誰が来るのかアーロンは知らない。
「ティーダ」
こちこち。
レトロな針の音が二人の間をよろめいていく。
安い部屋の安いベッド。
窓からは虹色のネオン。
白いシーツの上にだらりと伸びた長い足。
今度は首に移動したあれを、使わせてもらえるのはいつのことだろうか。
「ティーダ」
「なあんですかあ」
やっと顔を上げてティーダは細く青い視線を投げた。
「引っ越すか」
は、と口を開ける顔を指先で触る。張り詰めた頬を一撫ですると、水を浴びた犬のようにティーダはぶるぶると頭を振った。
「俺が番号を入れてやる」
「そーいうもんなの?」
「いや別に」
こちこち。
ティーダはまた俯いてマッサージャーをくるりと回した。
時間まで後十五分。
「番号を言え」
「あんたが入れるんだろ」
「電話だ」
「電話?」
「断れ」
「俺、無理」
「だから俺がかけてやる」
「えらそーに。俺は知らない。向こうがかけてくるもん」
言葉尻に滲んだ子供の甘えに苦笑ではなく唇を歪ませる。そのまま口付けると細い腕が首に絡んだ。
「ここにいろ」
「アーロン」
錆色のネクタイを締めながら、掠れた女の歌う声が溜まる床を踏んでドアに向かった。
ただふたりのために
もえるひよ
ただこのときだけに
もゆるひよ
白々しい歌よりも、遠慮がちな針の歩みが男の耳の中に響いていた。
「アーロン!」
どこか切羽詰った呼びかけに振り向くと、ベッドから白い鳥が飛び立つところだった。しかしそれは、どたばたと全く優雅でない動きで突進し、ぎゅうっとしがみ付かれてタイピンが飛んだ。
「待っていろ」
つむじを一つ撫で、見っとも無い鉢合わせのためにアーロンは軽い体を引き剥がす。
「アーロン、後で」
シャツの裾を握った子供は途方に暮れたように。
そしてやはり甘く。
「後で、背中、マッサージしてやる」
そんな事を言った。
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