この先はゴーグが目の前、枢機卿は軍を送ると約束してくれたが、ひと時の興奮が冷めるとムスタディオは却って気が滅入ってしまったらしい。眠る前はひどく機嫌が良かったが、ドラクロワとの謁見の翌日、出立の時には遠くに目をやってぼんやりと、見えるはずの無いゴーグを思い、父ベスロディオを思っているようだった。
人数が半分になった一行は妙な静けさに包まれていた。いつも率先して話し始めるムスタディオも言葉少ない。ジャッキーが見かねてチョコボに突付かせたり吊り上げて後ろに乗せてみたが、どうにも調子が戻らなかった。
チョコボはこのところいつも乗せていたオヴェリアがいないことに気が付いているようだった。首を巡らせてムスタディオとジャッキーを振り返っては頭を傾げる。そのボコの足元で跳ねる雛の首元には、淡く赤いリボンが揺れていた。宿を出る際に記念にと、オヴェリアが自分の髪を飾るリボンを雛の手綱に結んだのだ。傭兵達も感傷というものを思い出すのだった。
太陽はゆっくり昇り、頂点を越えると急速に傾いた。随分南に来たが、ここにも秋が訪れていた。昼食を終えるとすっかり黙り込んでしまった一行の中、仕方無さそうにラムザが口を開いた。
「改めて聞いたこと無かったけど、ムスタディオのお父さん、ゴーグのどこにいるのか見当は付いているのかい?」
ラムザには昨夜からその点がささやかな疑問だった。ザランダにいた彼が迷わずゴーグに戻ろうとする理由が知りたかった。チョコボからよじ降りてムスタディオは肩をすくめて見せた。
「さあなあ。たぶんどこかにいると思うよ」
哀しそうな顔だが人事のような声でムスタディオは言った。ラムザは呆れた目でムスタディオをねめつけた。止めてくれよ、と手を振ってムスタディオはバツが悪そうに言った。
「親父のために動く仲間は山ほどいるからな、バート商会は俺をザランダに離して仲間の目をゴーグから逸らさせたんだ。だから、逆に親父はゴーグのどこかに監禁されているんじゃないかと思う。奴ら、ザランダでも親父を連れてきて見せ付けるような真似はしなかった。俺は、でも、言いなりになるしかなかったよ」
「うん・・・その辺りを責めたいんじゃないよ。隠し事が無くなったんだからさ、詳しく君の事情を聞きたいんだ」
これまでに聞いた話しには聖石についての情報が欠けていた。言葉を濁していたムスタディオの話はやはり曖昧で、分かりにくかった。重複はしたが、静かなる行進に飽きていた彼らはムスタディオの背景を口々に尋ね始めた。
バート商会と彼らの間には、元々緊張があった。基本的にイヴァリースのどの地域よりも気ままで自由を愛するゴーグの民には、バート商会の高圧的なやり口はなじまなかったが、機工士達はバート商会と関わらない訳にはいかなかった。イヴァリースに入ってくるほとんどの輸入品を牛耳るのはバート商会であり、彼らを介さずにはロマンダ渡りの品は手に入らないからだ。ロマンダの技術は銃を始めとして様々な機械に応用されていた。
聖石についてはもちろん仲間内では極秘にされていたが、極秘にする、という行為自体が部外者の目を引いてしまったらしい。野次馬根性で採掘坑内に潜んで様子を窺っていた出入りの業者が玉石を使う機工士らを目撃し、その話がバート商会に伝わったという事だった。
バート商会が押し入って来た時、息子と聖石を守るためにベスロディオは自らを餌にしてあっさりと誘拐されたらしい。仕事中の事故が原因で不自由になったベスロディオの足では逃げることは元より無理だった、とムスタディオは悔しそうに言った。ベスロディオに裏口から押し出されたムスタディオは夜半過ぎまで迷路のような地下の採掘場に隠れ、明け方に肩を落として無人の自宅に戻った。冷たい部屋の散かった床の上に文が残っており、そこにはベスロディオを無事に帰して欲しければ1人でザランダに来い、と書かれていた。
ムスタディオは町ほどではないが、小さくもない村に住んでいた。誘拐の事実が明らかになると村人は皆、ブナンザ親子を助けようと躍起になった。村の結束は非常に固く、どこかの家に適当に子供を放り込んでおけば誰かが面倒を見る、というような家族的な繋がりもあったらしい。また、ベスロディオはゴーグでも名を知られた尊敬を集める優秀な機工士であったため、誘拐の噂はすぐにゴーグ中に広まると思われた。ゴーグのそのような状況下では、バート商会の思うような「交渉」は難しかったのだろう。またゴーグでは、ザランダのどこかにバート商会の根城がある、と囁かれていたという。それが本当ならば、商会は、獲物を手元に引き込んで有利な「交渉」に持ち込もう、という腹だったのかもしれない。
ともあれ、ムスタディオは密かに同行しようと言い募る仲間を説き伏せ、一人でザランダに向かった。せめて、と懇願されて、古い家屋を持っている者からその鍵を借り受けた。出来るだけ目立たぬようにザランダに入り、バート商会に誘い出される前に彼らの根城を突き止めようとしていたが逆に襲われ、その時にラムザらと出会ったのだった。
つれづれに話す内に日が暮れた。彼らは湿地帯に足を踏み入れていた。少しでも乾いた場所で野営を持とうと全員が周りを見渡す。
「親父さん、心配だねえ。随分時間が掛かっちまったからさ」
アグネスがぶつかるようにしてムスタディオに体を寄せた。困った顔で離れるムスタディオを見てラッドが吹き出す。昨夜の男3人の馬鹿話は詳細までは風呂場には届いていなかった。アグネスは単に大騒ぎする馬鹿者どもを叱っただけだった。
ムスタディオはラムザの横に隠れて言った。
「あいつらは俺と親父、どっちが聖石の在処を知ってるか分かってない。親父を締め上げて何も出ないとなったら、親父を囮にして俺をまた呼び出すさ。それまでは親父は無事だよ」
苦笑しながらラムザはムスタディオを小突く。
「じゃあ君が聖石をどこかに隠したんだね」
ムスタディオはしまった、と、嫌な顔をしてラムザを見た。
「・・・そうだよ。持ち歩くのが一番危ないから」
「ザランダで、親父さんと聖石を交換だって言われたらどうするつもりだったんだよ」
「そりゃあ、街まで戻ってもらう・・・・ってまた、俺、言っちまった」
「いいじゃねえかよ、もうこうなったら。でもまあ、おまえが正直もんだってのがよくわかったよ。持ち歩かないのは正解だぜ。出せって言われたら、はいって出しそうだもんな」
ラッドに笑われ、ムスタディオはむくれてそっぽを向いた。向いて、もっと嫌な顔をした。
「何か居る・・・」
「こんな湿原で魔物に会うなんてツイてないね、ムスタディオ」
「俺に限定するなよ・・・雨まで降ってきやがった。用心しないと」
「ようし、明日の晩飯代だ!」
ラッドが駆け出すとラムザは装備の袋から銃を出した。常にアグリアスが保管し、戦闘がある度にムスタディオに返していたが、今はラムザが所持していた。
「疑り深くて悪かったね。これからは身に付けていなよ」
「・・・うん。銃、欲しがってたろ。ゴーグでいい店を紹介する。うんと安く売るように言うよ」
「君の自作の銃をタダでくれるんじゃないの? お礼にさ」
ラムザがふざけて言うと、俺が作ったので良けりゃあ、いくらでもやるよ、とムスタディオは照れたように笑った。
心配されるだけのことはあり、ムスタディオは毒ヒルの住む水溜りに足をつっこみ、見事に噛まれてしまった。戦闘は僅かの間に終わったが、ムスタディオはぐったりしたままラッドに背負われていた。
「ごめん・・・」
何度聞いたかしれないムスタディオの情けない声を笑いながら、皆は夜通し歩き続けた。ムスタディオのお陰で至る所に毒ヒルが居ることが分かり、結局野営は不可能と、湿原を抜けることにしたのだ。
「いやあ、こうなると才能だな! ヤバイ所で確実にヤバイ目に会うという」
「ごめんって・・・なんとか歩けるから降ろしてくれよ」
「毒消しが回ってる間は熱が出るんだからこのまま乗ってろ。おまえ軽いし」
「豆のスープばっか食ってたから軽いんだよ・・・」
ラムザは心を引っ掻かれてムスタディオを見上げた。これまでにたった一人だけ、殺したことを後悔した相手がいた。その娘は貧しさと屈辱だけを覚えて死んだ。
「あー、マメ。マメは良くないわねー。黒ならいいんだけどさあ」
「そうだなあ。でも黒は贅沢だからなー」
庶民代表のジャッキーとムスタディオは無邪気に食文化を語っている。
「黒?」
アグネスが言ってムスタディオは不思議そうに彼女を見る。
「知らないのか? お嬢さんなんだな」
「うおー、おまえ、命知らずだな」
ぎっちりアグネスに睨まれ、ラッドに揺すり上げられてムスタディオは黙った。
「あのねー、いわゆるマメのスープっていうのは白マメなのよ。ランベリーマメっていう植物の枝になるの」
「ランベリーか。じゃああの辺りが原産なの?」
「うーんたぶん違うよ。ロマンダ原産だって聞いた事があるわ。50年戦争よりもっと昔にロマンダの人が持ってきて、それが零れてイヴァリース中に生えたんだって。誰かが、ランベリー城みたいに綺麗な白いマメだって言ったからついた名前みたい。食べてみてから言えばいいのに。」
「不味い?」
「そりゃあもう!」
ムスタディオとジャッキーがはっきり声を揃えて言った。ラッドも庶民派のはずだが、寒い地域の生まれなので芋で育ったらしい。白マメよりはマシかもしれないが、飽きるぜ、と彼は言った。
「マメしか無いから食べれるのよー。1本から50個くらいは一度に収穫できるし乾燥させなくても持ちがいいの」
「一年中取れて、痩せた土地でもガンガン生えるからなあ。家の周りにぐるっと植えておいて、それを摘むのは子供の仕事だったな」
「じゃあ黒っていうのは?」
アグネスが荷物を探って大粒の干しブドウを出した。歩き続けて数時間、食べ物の話をすると腹が減るのは皆が同じ、それぞれが手を出す。ムスタディオには一番小さいものを一つだけ渡すので、彼は悲しそうな声を出した。アグネスはその様子に満足したのか、しばらくすると数個を懐紙に包んでムスタディオに渡してやった。
「黒はねえ、丁度こんな感じだわ。もっと大きいけど」
ジャッキーは干しブドウを手に乗せて言う。
「黒っていうより紫ね。同じランベリーマメが地中に作るのよ。だから一年に一回しか取れないの。枯れた後に根を掘って収穫するから」
「へえ、面白いね、そっちの方が美味しい?」
「美味しいよ!」
また南の庶民派二人が声を揃える。
「大人の拳くらいの大きさでね、一本から2つか3つ、取れるかな。干しておくと甘味が出て長く保存できるから、みんなそうするのよ。肉と一緒に煮るとすごく美味しいの!」
「俺ん家じゃ、新年と星祭と家族の誕生日に出してた。それと、誰かが病気になった時」
「あたしの家も同じよ」
「・・・最初に困るのは食べ物だよね」
ラムザが苦そうに言った。彼が何を考えているかを読んでことさらアグネスは明るく言った。
「今のあたしらも同じだよ。明日の食料がない!」
アグネスの顔を全員が見た。
「さっきのブドウでお終い! 明日っからどうしようかねえ!」
「うわあ、そんな大事なもん、一気に食っちまったぜ・・・」
既に全部が腹に収まっている。アグネスはからからと笑った。
「大丈夫、さっきやっつけたモンスターの皮があるよ」
モンスターの毛皮や牙などは専門の店で売れる。極稀に値打ちのあるモンスターもいるが、ほとんどは大した金にならない。毛皮を持ち込む者の狙いは報奨金だ。魔物を退治して国の治安に貢献した、ということで国からご褒美として報奨金がもらえるのだ。この報奨金の支払いは、国から毛皮などを扱う店に委託されている。アグネスはそのことを言っていた。
オーボンヌからの道々で狩った毛皮はすでに武器や装備になっていた。幾ばくかの金銭は残ってはいるが、これを使えば文無しである。
「売れるまでは飯抜きか・・・」
ラッドが気力なく言う。売った金で豪華な食事でも、と考えていたがそれどころではなくなった。
「どこかの農家で白マメを分けてもらう? あれならタダでもくれると思う。皆に噂のスープをご馳走できるわ」
「遠慮しとく」
ジャッキーの提案をアグネスとラムザが同時に断った。
「俺は食ってもいい・・・」
ラッドの小さな声は無視されたようだ。
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